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最高裁判所第二小法廷 昭和59年(オ)462号 判決 1984年9月28日

上告人

甲野太郎

上告人

甲野花子

右両名訴訟代理人

小川壽朗

被上告人

甲野次郎

被上告人

甲野順子

右両名訴訟代理人

山口米男

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人小川壽朗の上告理由第二の二について

上告人らは、上告人らの一男の引渡義務と被上告人らの不当利得返還義務(上告人らが負担した一男の養育費等の返還義務)とは同時履行の関係にあるから、上告人らは、被上告人らが右不当利得返還義務を履行するまで、一男の引渡を拒絶すると主張し、これに対し、原審は、被上告人らの利得した額を認め得る的確な証拠はないとして、上告人らの右同時履行の抗弁を排斥した。

ところで、本件のようないわゆる幼児引渡の請求は、幼児に対し親権を行使するにつきその妨害の排除を求める訴えであつて(最高裁昭和三二年(オ)第一一六六号同三五年三月一五日第三小法廷判決・民集一四巻三号四三〇頁、同昭和三六年(オ)第八三五号同三八年九月一七日第三小法廷判決・民集一七巻八号九六八頁参照)、幼児引渡義務は、その性質上、上告人らの主張する不当利得返還義務と同時履行の関係に立つものではないから、上告人ら主張の同時履行の抗弁は、主張自体失当であるというべきである。そうすると、上告人らの同時履行の抗弁を排斥した原審の判断は、結論において是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

その余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断及び審理上の措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審で主張しない事項に基づき原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(島谷六郎 木下忠良 鹽野宜慶 大橋進 牧圭次)

上告代理人小川壽朗の上告理由

第一、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな違背(経験則又は条理を含む法令の違背)並びに審理不尽、理由不備、釈明権不行使更に加えて証拠採用上の採証法則違背があり、重大な事実の誤認もあるので、破棄が相当である。

第二の一(法令の違背について)

(一) 被上告人らの証言を綜合して考えると、被上告人らは、不動産取得という極めて低次元の、且つ時機を待てばいつでも可能な出来事の為に、生後間もない乳飲み児を手離したものであり、親に課せられた法律上の義務(養育義務)及び子に対する親の愛情を冷酷にも放擲したものであり、新民法(親と子の関係を、子を中心として子の人権を最大限尊重する趣旨が示されている)の規程を踏みにじるものであつて、権利の濫用、公序良俗違反であることは、経験則上、又、条理上も明らかであり、且つ民法第一条第三項(権利の濫用の禁止)、第二項(権利の行使、義務の履行に於ける信義誠実の原則)、第九〇条(公序良俗違反行為の排斥)の条項を間違つて判断しない限り原判決のような結論は生じないというべきである。原判決は破棄すべきである。

(二) 原判決は、親権の放棄又は譲渡は、法律上出来ない旨判示するが、現実には、養子縁組の形で実質的に親権を譲渡することは認められており(民法第八一八条第二項「子が養子であるときは子の養親の親権に服する」と規定されている)、本件では、養子縁組の届出等は為されていないが、当事者間では、実際上養子として、親権の譲渡が為され、事実上の養子縁組が為されていたものと解釈されるので、上告人は、親権の譲渡が為された旨主張した次第である。したがつて、親権の譲渡すなわち実質的な(事実上の)養子縁組が成立したことの主張であつたが、この点の審理が不十分であり、且つ原判決では判断が為されていないことの外、判断自体が間違つた判断であり、民法の養子縁組の条項に関する、又、親権の条項に関する違背があることは、明らかであり、又、条理上、経験法則上も判断を誤つているので、原判決は破棄されるべきである。釈明権の不行使も存しているものと解される。

(三) 上告人は、原審に於いて、昭和五八年一〇月十三日付及び同年十二月二〇日付にて証拠申出を為したが、上告人甲野太郎以外は全て却下したけれども、右には、本件につき重大な証人もおり、且つ立証趣旨も明らかにしての申出だつたので右申出につき、子本人(一男)については、少なくとも何らかの形でその意見を徴すべきが相当であつたと判断されるし、その方法についても上告代理人は各種提案した次第であるが、この点につきことごとく無視、却下したことは、採証法則違背であり、原判決は破棄を免れない。

第二の二(審理不尽、理由不備、釈明権不行使について)

(一) 原審は、上告人らの同時履行の抗弁について、何らの適確な審理を尽さず、「このような抗弁は、この訴訟では相当でない」旨の裁判所の法廷での話があり、それだけで全く審理をしないまま、証拠申出も却下して終結したことは、審理不尽であり、判決書に、当然のことながら理由が書けない状態となり、原判決は理由を欠いていることは極めて違法であるので原判決は破棄されるべきである。

以上のとおり、原判決には、違法があり、破棄を免れないものであるので、最高裁判所に於かれて、慎重に審理の上、破棄差戻しを下され度(又、破棄自判下され度)上告する次第である。

第三、(事実の誤認について)

被上告人らは、子の引渡の為に愛情を以て努力したとするが、被上告人甲野順子、上告人両名の各証言に照らすと、つぶさに審査すれば、本当の意味で愛情を以て努力したとは到底いえないものであるのでこの点は重大な事実の誤認である。尚、前記、親権の譲渡に関しても、事実上の養子縁組の存在について誤認がある。以上は判決に影響を及ぼすものである。原判決は破棄を免れない。

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